しんしんの雑記帳

みんなのハートをキャッチだよ!

音楽社会学の話

ぼくは音楽社会学の研究もしています。正確に言うと、音楽研究の研究です。文献レビューです。レビュー論文を書きたいです。

一つのディシプリンとして確立しているのかも微妙な音楽社会学の特徴や領域の広がり・視点などを示したい、というのが目標です。

 

↓論文タイトル案

"A General Survey of Sociology of Music: How Did Sociology Thematize the 'Music and Society' Nexus?"

音楽社会学を概観する:どのように社会学は「音楽と社会との関わり」を主題としてきたか

 

 

音楽社会学の知識を得ることとレビューすることを並立で行なっています。本業の研究にも活かせる作業だと感じます。

今はモノとか媒介というのをキーワードに文献を読んでいます。

 

他大の音楽人類学の読書会にも参加させてもらうことになったので、これから楽しみです。

そろばん教育の先行研究リスト

 前回の記事からの派生です。

そろばん教育に関する先行研究を”ざっくり”整理したので、文献表を貼り付けておきます。

①雑誌『珠算春秋』に関してはいったん無視すること、②「知的/発達障害児とそろばん」というテーマを除外すること、③珠算熟練者の脳機能についての認知科学的研究を除外すること

この三つの条件でスクリーニングしたところ以下のような結果になりました。少し取りこぼしはありますが...。

sample-bang.hatenablog.com

 

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学習・教育

 

秋葉昌樹,2004,『教育の臨床エスノメソドロジー研究-保育室の構造・機能・意味』東洋館出版社

石黒広昭,2016,『子供たちは教室で何を学ぶのか:教育実践論から学習実践論へ』東京大学出版会

岩瀬令以子,2010,『塾のエスノグラフィー―中学受験向けの日常過程にみる受験体制の成立』東洋館出版社

樫田美雄・岡田光弘・中塚朋子編著,2018,『医療者教育のビデオ・エスノグラフィー:若い学生・スタッフのコミュニケーション能力を育む』晃洋書房

川床靖子,2007,『学習のエスノグラフィー:タンザニア、ネパール、日本の仕事場と学校をフィールドワークする』春風社

古賀正義,2001,『”教えること”のエスノグラフィー-「教育困難校」の構築過程』金子書房

古賀正義編,2004,『学校のエスノグラフィー-事例研究から見た高校教育の内側』嵯峨野書院

南本長穂・山田浩之,2015,『入門・子ども社会学:子ども社会・子どもと文化』ミネルヴァ書房

Prout, A. 2004. The Future of Childhood. = 元森絵理子訳,2017,『これからの子ども社会学:生物・技術・社会のネットワークとしての「子ども」』新曜社

社会的世界を作るそろばん

 修論に向けて、社会現象としてのそろばんと、卓越したスキルとしてのそろばんをめぐる様々な実践という二つの観点から、そろばんの研究を進めたい。
 そろばんはなぜこの時代になっても存在しているのか。おそらく、普段そろばんを単なる計算道具として用いることはほとんどないだろう。必要ならば電卓や何らかのデバイスを用いれば難なく、正確に計算をすることができるからである。何十年も前には、銀行でもそろばんが使われていたようである。しかし今では、もはやそろばんなどという「前時代的な」計算道具は用いられない。

 けれども、現代の日本において、未だに習い事として、趣味として、あるいは競技としてそろばんを「する」人びとは少なからず存在する。そのそろばんを作る人がいる。海外でそろばんを教える先生もいる。要するに、そろばんに何かの価値を見出す人がいる。それがそろばんが「絶滅」しない理由の一端を担っていると思う。社会的世界のなかのそろばん、社会的世界を形成するそろばん。これが第一の主題である。


 教育という観点でそろばんを見たときに、そろばんは、数感覚を養うツールとして重宝されていたり、卓越した暗算能力の獲得のためのプロセスとして見なされていたりする。これはそろばん業界でしきりに強調されるそろばんを習うメリット、その宣伝文句である。だからこそ、そろばんの研究は、脳科学認知科学の領域に集中してきた。しかし、そろばんを練習することによって養われる認知能力(計算や暗算の技能)、あるいは、練習を通してそうした能力を養うということは、心理学者の研究題目である以前に、学習者や指導者にとっての実践的な問題である。そろばん教室という社会的世界において繰り広げられる、学習者の能力をめぐる様々な実践を理解すること。これが第二の主題である。

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モノ

メモ

 

Anderson, B. & Harrison, P (eds.). 2010. Taking-Place: Non-Representational Theories and Geography. Ashgate.

Appadurai, A. (ed.). 1986. The Social Life of Things: Commodities in Cultural Perspective. Cambridge University Press.

Grusin, R (ed.). 2015. The Nonhuman Turn. University of Minnesota Press.

Knappett, C. & Malafouris, L (eds.). 2008. Material Agency: Towards a Non-Anthropocentric Approach. Springer.

Dant, T. 2005. Materiality and Society. Open University Press.

MacLure, M. 2013. "Researching without representation? Language and materiality in post-qualitative methodology." International Journal of Qualitative Studies in Education, Vol. 26, No. 6, 658–667, http://dx.doi.org/10.1080/09518398.2013.788755

松田素二,2009,『日常人類学宣言!-生活世界の深層へ/から』世界思想社
松田素二・田中雅一編,2006,『ミクロ人類学の実践-エイジェンシー/ネットワーク/身体』世界思想社

Miller, D. (ed.). 2005. Materiality. Duke University Press.

森啓補・岩舘豊・植田剛史,2017,「新しい物質主義的社会学に向けて-本質主義構築主義を超えて-」『書評ソシオロゴス』13巻:1-33

Thrift, N. 2008. Non-Representational Theory: Space| Politics| Affect. Routledge.
床呂郁哉・河合香吏編,2011,『ものの人類学』京都大学出版会

床呂郁哉,2018,「『もの』の人類学」奥野克己・石倉敏明編,『Lexicon 現代人類学』以文社

Vakhshtan, V. 2014. "On Microsociology of Toys: Material Turn and Non-Symbolic Interaction." International Journal of Social Science and Humanity. Vol.4(6) : 416-420.

Vannini, P (ed.), 2015. Non-Representational Methodologies: Re-envisioning Research. Routledge.

様々な断片ーライフ、写真、パフォーマンス、感覚

生き方という主題-「生/ライフ」(小倉2015)
  • 丸ごとの個人の主観的意味の探求。現代社会における「生きづらさ」の偏在という背景。
  • ライフストーリー、アクティブインタビュー、対話的構築主義

 

身体経験としての「生命」、日常の活動経験としての「生活」、人生という時間経験としての「生涯」といった局面が互いに関連しあうような現象に、包括的にアプローチしていこうとする問題関心が浮上してきた...。(小倉2015:172)

 

 

フォトボイス (武田2015)
  • 研究の「参加者みずからが撮影する写真とその写真に関する撮影者の語りからなる作品を通して、コミュニティの人たちの声を社会に訴え、作品に関する参加者間の話し合いによって問題解決のためのアクションを促す」という手法(武田 2015:140)。
  • コミュニティを認識し、表現し、向上していくプロセスが重視される。聞こえない人たちの声を届ける。自己の成長を促す。生計手段を提供する。
  • エンパワーメント。アドボカシー。社会変革。

 

パフォーマティブ社会学(岡原他2016)
  • パフォーマンス性:身体性(当事者の身体的な存在)、共同性(当事者同士が関わりつつ共同していること)、現場性(その現場を離れて一般化されないこと)

 

「表現の重点は『表象の真正さ』の正確な追求やその『正しい』伝達(知識の正確な伝達)なのではない。むしろ、『行為=体験』性が生起する場としての身体に働きかけ、非当事者の実感の及ぶ範囲を押し広げ、そこから当事者体験への新たな関わりを生み出していくような、パフォーマンス的な知の表現にこそその重点がある」(岡原他2016:76)

 

自叙的写真法から自叙的イメージへ (安川2009)
  • 自叙的写真法:私は誰かという問いへの回答を写真撮影で行わせて、得られた写真から被験者の自己概念の読解を図る研究手法(ibid)。

 

わたしたちそれぞれの環境は行動関連的に選択的に編成されていて,この選択的編成に個々人の自己概念がかかわっている(環境の行動関連的選択的編成のしかたは「指向性」と呼ばれ,編成された環境は「心理的ニッチ(棲処)」と呼ばれた).写真は,こうした自己概念関連的な志向性/心理的ニッチの具体的な表現像であるとされ,その分析・考察はおもに被写体の類型化/分類にもとづく量的内容分析によって行われてきた. (ibid)

 

  • 自叙的写真法の難点
  1. 視的イメージを取り巻く制約も大きい
  2. 写真は本当に回答になっているのだろうか
  3. 写真が自己概念とのかかわりにおいて生成されるという前提は妥当なのか
  4. 「写真が何事かを表象する」という誤謬。写真は出来事を写し取るわけではなく、そのように思えるのは撮影者または受容者の想像力/物語力の賜物である*1

 

  • 自叙的イメージ研究:「自叙的であれという制約のもと,視的イメージの作成行為において視的経験がどのように主題化されるか,いわばフィールド実験的に事態の推移を見据えよう」という研究手法(ibid:63)。
  • 自叙的の含意:「『わたし』は、回答を求める問いの焦点ではなく,むしろ撮影に附した制約―単に『生活世界を撮影せよ』では広がりすぎるだろう撮影行為への“重し”―である.狙いは、視的イメージ媒介的な自己言及をきっかけとして活性化されることから垣間見えることを期待される,視的経験のあり方にある.」(ibid)

 

被験者たちがそれぞれの生活世界で自己言及的に撮り,選択し,説明した写真は,日常をそのまま切り取ったものというよりは,むしろいびつな活性化産物―撮影行為なくしてはありえないもの―である.いびつさは被験者自身を,それぞれなにがしかの気づきへと促す.そしてこのいびつさを,自己言及のペグを作ることで補正可能にしておく,それが自叙的イメージ研究の眼目である. (ibid) 

 

 

アートベース・リサーチart-based researchの四つの基準(Bagley 2008:68)
  • 解明効果Illuminating effect-何が気付きだったのか明らかにし、劇中で描かれたものにより鮮明な焦点を当てる能力
  • 生成性Generativity-更なる新たな問いを生む能力
  • 的確性Incisiveness-しっかりと問題に焦点を当てる能力
  • 一般性Generalizability-研究テキストで扱われなかった現象への関連性

 

 

感覚的な論文sensuous writingsの4つの戦略(Waskul et al. 2012:76)
  • 不確定性Indeterminancy
  • パフォーマンス性Performativity
  • 偶有性Contingency
  • 発現性Emergence

 

 

 

視覚社会学*2

・現代の日常生活のドキュメンタリー的研究

・社会の芸術的・通俗的な視覚表象の解釈的分析

・広告等、視覚イメージの商業利用がもつ、メッセージ、意味、社会的影響の研究

・集積された視覚イメージを社会と文化に関するデータ・ソースとみなす分析

・日常的場面におけるイメージ生成(写真やビデオ)の社会的目的・意味の研究

・etc.

 

 

・文献

岡原正幸・高山真・澤田唯人・土屋大輔,2016,「アートベース・リサーチ:社会学としての位置づけ」『三田社会学』第21号:65-79

小倉康嗣,2015,「生/ライフ:『生き方』を主題化し表現する」藤田結子・北村文編,『現代エスノグラフィー:新しいフィールドワークの理論と実践』,新曜社

武田丈,2015,『参加型アクションリサーチ(CBPR)の理論と実践‐社会変革のための研究方法論』

安川一,2009,「視的経験を社会学するために」『社会学評論』 60巻1号57-72

Bagley, Carl. 2008. “Educational Ethnography as Performance Art: Towards a Sensuous Feeling and Knowing.” Qualitative Research. Los Angeles: SAGE Publications. Vol.8 (1):53-72

Waskul, Dennis. D., Vannini, Phillip. & Gottschalk, Simon.2012. The Senses in Self, Society, and Culture: A Sociology of the Senses. New York: Routledge.

 

*1:写真の光景理解可能性についてはJayyusi(1992)の議論を参照されたし。

*2:安川一,「視覚社会学http://ofc-hjm.misc.hit-u.ac.jp/VisSoc/VisSoc.html

大学院入院の心構え‐4つの記事から考える

以下では4つの記事の目次を転記します。3つ目の記事に関しては、目次がないので、大事な部分をそのまま引用します。いずれも大学院生に向けられたアドバイスあるいは忠告です。気になった記事は実際に読むことをおすすめします。

その次に4月からM1になった自分自身の考えを述べます。さしずめ所信表明といったところでしょうか。

 

 

「大学院・研究者を目指す人へ」(長崎大学水産学部海棲哺乳類研究室)

http://www7b.biglobe.ne.jp/~masaoamano/Masao_Amanos/for_future_graduate_students.html

 

「研究者を目指す普通の学生諸君に」(電子情報通信学会 学生報,第21号,1991.2.25)

http://hori.k.u-tokyo.ac.jp/staff/hori/essay/kenkyuu.html

 

「『研究』というメディア」

http://hosho.ees.hokudai.ac.jp/~makizoh/itsuten/media.html

 

"10 easy ways to fail a Ph.D."

http://matt.might.net/articles/ways-to-fail-a-phd/

 

 

 

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