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しんしんの雑記帳

みんなのハートをキャッチだよ!

『チャンス』から読む太宰治の恋愛論

最近太宰の記事ばかり書いてますね。

今日は『チャンス』という短編です。図書カード:チャンス

チャンス、特に恋愛におけるチャンスについてのエッセイです。

ロマンティック・ラブなんて言葉もありますが、太宰はそういう恋愛を高尚なもののように考える風潮に対して、強烈な皮肉をもって持論を展開しています。曰く、恋愛はチャンスではなく意志による(べき)もの、恥ずかしいものだと。

 

あらすじ

『チャンス』の中では様々な意見が表明されています。

「愛」という言葉で一体になろうとする性的煩悶が隠されているとか、性的な関係の無い男女の友情なんてないとか、ふとしたきっかけ(つまりチャンス)で恋愛が始まるべきじゃないとか、恋愛至上主義なんてグロテスクで図々しいだとか、とにかくシニカルな意見が展開されています。現代でも色褪せない、いやむしろ現代だからこそ読まれるべき内容なのかもしれません。

後半では、恋愛はチャンスに依らないのだという太宰の実体験が綴られています。

 

僕が一番好きなのは以下の箇所です。

いつか電車で、急停車のために私は隣りに立っている若い女性のほうによろめいた事があった。するとその女性は、けがらわしいとでもいうようなひどい嫌悪と侮蔑の眼つきで、いつまでも私を睨んでいた。たまりかねて私は、その女性の方に向き直り、まじめに、低い声で言ってやった。

「僕が何かあなたに猥褻な事でもしたのですか? 自惚れてはいけません。誰があなたみたいな女に、わざとしなだれかかるものですか。あなたご自身、性慾が強いから、そんなへんな気のまわし方をするのだと思います。」

男性のあるあるな気がするし、太宰は実際これを口に出して言っちゃうんだからすごいですよね。

 それはさておき、恋愛についてです。

恋愛について

太宰が再三繰り返すように、恋愛は自分の意志で叶えなければならない。

チャンスを待っていたり、タイミングを図っていたりしてはいけないのである。

 

「愛」は困難な事業である。

 

事業、というのが面白い。 一度きりの出来事ではなく、自らの手で続けていくものなのである。この点で、エーリッヒ・フロムの『愛するということ』に通じるところがあると感じられる。深入りはしないが、フロムは愛を、落ちるものではなく、全力の努力を傾けるべき技術の問題だとしている。*1

相手は自分に振り向かないかもしれない。けれども、自分の意志でその人を想う。そのことが大事なのだ。

片恋こそが最高の恋の形なのだと太宰は言っている。

 

 

 小説の最後のこの言葉が大事な教訓だなと思いつつ、今日の記事は締めます。

 

恋愛に限らず、人生すべてチャンスに乗ずるのは、げびた事である。

 

 

 

*1:原題は"The Art of Loving"、つまり「愛する技術」である。